
サッカーのJリーグは今年、8月~翌年5、6月のシーズンに移行し、2~6月は地域別のリーグ戦などで争う特別大会を開催。松本山雅FCは特別大会を経て5季目のJ3に臨む。20チーム中15位に終わった昨季を受け、クラブに期待する関係者は何を思うのか。愛ある𠮟咤(しった)激励をしてもらった。
【サッカーに興味を持つ人の裾野広がった】
地域の子どものために活躍を
フォルツァ松本FCジュニア監督 山添誠さん(54)
私がフォルツァの指導者になったのは2006年。その後、20年の間に山雅がJリーグのクラブになり、すごい成長曲線を描いた。
トップチームだけでなく育成組織も整備され、スクールもできた。フォルツァにも小・中学年代のチームがあり、その意味ではライバル。小学生の全日本U―12サッカー選手権予選の県大会では、ここ10年で4回ずつ優勝している。
今や山雅は、松本地域や長野県のサッカーを引っ張っていく存在になった。ここで生活していれば、黙っていても目に入ってくる。
プロスポーツをすぐに見に行ける環境ができたのは、本当に大きい。塩尻で生まれ育った僕もうれしくて、J1にいた時はよくサンプロアルウィンに試合を見に行った。
山雅のおかげで、サッカーに興味を持つ人の裾野が広がった。フォルツァが結果を出していることもあるが、うちに来る子どもの数が増えた。親御さんは山雅のファン・サポーターが多い。
しかし、これからが心配だ。今はいろいろな選択肢がある中で、サッカーを選ぶ子どもや親が多いかもしれないが、少子化が進む10年後はどうなっているのか。
最近は、練習中に子どもたちから山雅の話を聞くことが少なくなった。試合を見にサンアルに行かなくなっているとも感じる。
以前はスター性がある選手がいて、全国的に人気があるJ1などのチームとも対戦していた。そういうサイクルがまた来ると盛り上がる。せめてJ2昇格。山雅のトップチームには頑張ってほしい。
【J1で戦える市民クラブに】
緊張関係を保って応援と評価
松本市長・山雅後援会長 臥雲義尚さん(62)
山雅は市民クラブを標榜(ひょうぼう)し、それ故に「市民の誇り」という存在になっている。ただ、J1に定着するには相当の選手強化費が必要で、その規模の資金を生む経営をしようとすると、「市民の共有財産」という理念とぶつかる部分が出てくることもある。
山雅は反町康治元監督の手腕でJ1まで坂を上った。その反町さんがクラブを離れた時が、市民クラブとして次のあり方を確立するために非常に大事な時期だったと思うが、できないまま走り続けてしまった。
Jリーグ参入以来最低という昨季の成績には、組織の問題も影を落としているのではないか。非常に厳しい現実を突き付けられたことは、逆にいい転機になるかもしれない。
シンクタンクの森記念財団がつくる都市の魅力評価ランキングで、松本市は毎年10位前後になっている。私は、このランキングとJリーグを重ねて見るところがある。
地域に根差し、小さくとも魅力にあふれた都市が、人口100万人を超す都市に割って入るように、サッカーで大都市のビッグクラブをホームに迎え、真剣勝負をする姿を見せる。東京一極集中の是正を目指すという、政策的な意味でも象徴的だ。
市民の誇りになるだろうし、負けないためにどうするかを考えることは、自分たちの成長にもつながる。「J1で戦える市民クラブにする」ということを、大切にしたいと思っている。
育成組織の練習環境の整備に対する支援について、山雅と協議を進めている。行政が関わることで、地域の企業のサポートがもう少し分厚くなるといった、公と民の循環が起こればいい。
運営会社の社外取締役に市総合戦略局長が就いて1年半たつが、どんな影響があったかは、問い直さなければならない。
いい意味での緊張関係を保ち、応援し、評価していきたい。石﨑信弘新監督の就任を私も歓迎しているが、「外から来た人が変えてくれる」という短期的な期待に偏ると、危うい。新しい市民クラブをつくる過程として、一人一人が自
分たちの思いを持ち、応援していきたいと思う。
【厳しいトレーニングで闘う山雅を】
視野広く声かけする選手必要
元山雅選手 飯尾和也さん(45)
シーズンの結果は、開幕前のキャンプからの積み上げが全て。昨季も、どの時点がきっかけということはない。
ただ、結果により選手の自信が急に崩れることはある。昨季はリーグ8節の高知ユナイテッドSC戦(4月5日)が象徴的だった。
ホームで0―5。しかも前半だけで5失点した。強風の風下というハンディはあったが、ゲーム中に戦い方を修正できなかった。
昨季のチームづくりは、攻守の切り替えの速さや主体性といった狙いがあったと思う。が、ああいう負け方をすると難しくなる。流れを変えられないまま、シーズンが終わってしまった。
練習を毎週見に行ったが、細かいところが気になった。例えばゲーム形式で、入らなかったもののフリーでシュートを打たれるシーンがあっても、誰もプレーについて言わずに終わってしまう。
「あと一歩、半歩寄せる」と、僕がいた頃の山雅でよく言われていたことだ。ちょっとしたところだが、一番大事なところ。おろそかにしたら勝ち点は伸びない。
選手は一生懸命やっていた。それは間違いないが、突き詰め方が甘いと感じた。取り組み方はセルフジャッジ(自己判定)せず、他人を含めて多角的に見られた方がいい。
僕が現役の時は、他の選手のプレーについてすぐ指摘する選手が何人もいて、僕もその一人だった。当時の反町康治監督は、そういうところを評価してくれたと思う。はたから見れば下手くそだったのに、ピッチに立てる意味を僕はそう理解していた。
クロス対応の練習も「絶対に上げさせない」くらいの思いでやり、マークする相手に寄せなかった選手にはすぐに声をかけた。そういう視点を持った選手が、今年は何人もいてほしい。
例年、開幕前に走るトレーニングを、どのくらいやっているかが気になる。走力に余裕があれば昨季の場合、攻撃でゴール前に入り込む人数がもっと多かったと思う。中盤が厚い3バックの特長を生かせたはずだ。
戦術は、走力がベースにあって積み上がる。今年はキャンプから理不尽なくらい厳しいトレーニングを積み、闘う山雅を見せてほしい。
いいお・かずや
1980年生まれ。現役時代はDF。99年、J1ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)でプロデビュー。ベガルタ仙台、サガン鳥栖、FC横浜などを経て、2011年途中にJFLだった松本山雅FCに移籍し、この年のJ2入り決定に貢献した。14年まで山雅でプレーし引退。J1・J2通算316試合出場、15得点。現在はパーソナルメンタルサロン「コラソン」代表やサッカー解説者など。